Shige blog

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日本人で初めてパスポート(旅券)取得した人物!隅田川浪五郎の偉業!

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おはようshigeです。

 

外国に行くには、(旅券)パスポートがなければ外国には行けないよね!

一部違法な入国しない限り!

 

2020年は

疫病に世界が振り舞わされ続けて

今も

猛威を奮ってる!

新型コロナ!

2021年以降は 

新型コロナも世界で収束して

誰もが

2020年以前のように

世界中を自由に行き来出来るように

早くなってほしいよね!

そんな事を考えながら・・・

日本人で初めて(旅券)パスポート取得したの

誰だろ~なんて思って 

調べてみたよ!

 

日本人発 旅券取得者は・・・

 

隅田川浪五郎(すみだがわ なみごろう)という人物です。

この人物は、何者かなのか?

それは・・・

芸人だった。

「帝国日本芸人一座」というサーカス団の一員

興行でアメリカへ渡るため当時の(旅券)「海外行御印章」取得!!!

 

パスポートと歴史

旅券のシステムが始まったのは

江戸時代のことで1866年「海外渡航差許布告」が発令された。

当時は・・・

商人や留学目的で海外に行くことを認めますよっと言う決まりごとだった。

その後・・・

1878年(明治11年)「海外旅券規則」が制定され

「海外行御印章」から「旅券」というようになった。

 

「海外旅券規則」が制定されたのが2月20日で 

その日を「旅券の日」となってる。

 

行くって簡単に思えますが

現在みたいに 気軽に外国に行ける時代ではなかった。

行くにも・・・

結構なお金がかかり 

一般庶民が行ける額ではなかったみたいですね!

 

話が脱線しましたが 元に戻しますね・・・

 

外国に 商人とか留学目的なら 誰でも簡単に行っていいてことでなくて

ちゃんと・・・奉行所に申請して許可を得たものに発行されたのが「海外行御印章」

現在のパスポート(旅券)を取得して現在と同じように晴れて外国に出発できた。

(現在は渡航先によってはパスポート意外の事前に申請する事も有ります。)

 

 

隅田川浪五郎人物の詳しい歴史像

引用元 ウィキペディア(Wikipedia)

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ル・モンド誌に掲載された日本帝国一座の軽業。1867年
隅田川 浪五郎(すみだがわ なみごろう、天保元年(1830年) - 没年不詳)は、幕末明治期の手品師、曲芸師である。江戸生まれ。

日本で初めてパスポートを取得した人物である。

 生涯
アメリカ人のサーカス曲芸師リズリー

(1864年に来日し、西洋式曲芸を日本で初めて披露した)の誘いで自身の一家4名と、濱碇定吉の一家7名と、松井菊治郎の一家5名らと伴に「帝国日本芸人一座」となった隅田川は、パリ万国博覧会出演を目指し渡米する。

その際、慶應2年10月17日(1866年11月23日)付で、江戸幕府の外国奉行から印章を取得した。

これが日本国旅券の第1号である。

なお日本国旅券には、神田相生町に住み年齢三七歳、身長五尺と記載されていた。

一行はリズリーをマネージャーに、慶應3年1月からサンフランシスコを始め全米各地を巡業し絶賛され、4月にはジョンソン大統領にまで謁見し、その後ニューヨーク市で6週間滞在、1867年にはパリ万国博覧会に出演し、3か月フランスのパリに滞在、イギリスのロンドンで11週間の滞在を始め、オランダ・スペイン・ポルトガルなど、ヨーロッパ各地を回り、ジャパニーズ・アクロバット・ブームを引き起こした。

明治2年(1869年)に帰国、1875年にフランス人に誘われ再び出国、

帰国後は「三遊亭遊成」の名で寄席に出演した。

紙で作った蝶を扇子で仰ぎ、自由に舞い遊ばせる奇術「胡蝶の舞」を得意としていた。1867年1月9日、サンフランシスコのアカデミー・オブ・ミュージックにて「Butterfly Trick(胡蝶の舞のこと)」を演じたことが記録に残っている。